心因性疼痛・心の位置 2
(ここから来られた方へ。心の位置 1 から読み進めて下さいね)
度々登場するのは、私のペイン先生。
過剰な痛みを少しでも改善できるようにと
「マインドフルネス ストレス低減法」 著J.ガバットジン
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この本を貸して下さった。
これまではどんな場面に直面しても 背を向けず
兎に角逃げ出さずに取り組む これこそが
前進できる鍵だと思っていた。
でもそれはただの空回り?
多方面から努力すればするほど
自分を追いつめていたのかも知れない。
だから その言葉が 私を別の視点へと向けさせた。
痛みと言う体験をコントロールするために 意識的に
心に影響を与える方法はいくらでもあると言える。
と、J.ガバットジンさんは言う。
読み手の私も、じゃぁ、その方法とやらを
聞かせて貰いましょ~ と前のめりの姿勢で読み進む。
痛みと共に生きるというのは
ただ耐えることでも
決められたお薬をきちんと服用する事でもない
急性の痛みには、痛みの中に入って行くのです。
痛みに注意集中力を使うと
自分自身や、自分自身の体に対する新しい洞察や
理解が生まれ
“痛みと共に生きる” という
痛みを受け入れる方法がわかるのだ。
(…痛みの中に入って行く? どうやって?)
その、痛いという感覚に対する自分の思いや感情に気付くという事。
あなたは心の中でその感覚を『痛み』と呼んでいるのです。
しかし、痛みと名付けている事自体があなたの思いや感情なのです。
(…待って‼ この現状は空想でも被害妄想でもないよ
目には見えないけれど、動けないほど痛んでいるのに?)
慢性的になっている今、この現状を痛みとして捉え
こうなっている事に気付いて欲しい。
その感覚を痛みと呼ぶことで 一層
痛みが増幅しているかも知れないから。
心の中には関連する怒りや不満、批判、反応、失望など
様々な思いや感情があります。
それらはあなたの単なる思いであって「痛み」そのものではないのです。
重要なのは気付くこと。
痛みに対する思いは、あなた自身ではないのです。
現実でもありません。
(抗う気持ちはあるけれど、仕方ないねぇ。そんなに言うなら
一万歩譲ってあげる、そして自分自身を見つめ問いかけてみようか)
この「思い」は痛みを受け入れる準備が整っていない時に
「痛みから解放されたい」と願う心の反応に過ぎないのです。
感覚として観察し、感じ取ることができれば批判したり怒ったりする
こうした思いが
と、いうのが分かる筈です。
この時から、体の痛みに対し考えるようになりました。
困惑した部分は先生に助言を頂きながら…